My Existence
気がつけば、俺は自分が分からなくなっていた。
周りの期待通り動き、そしてさらなる期待を寄せられ、それを実行する。
ただ、周りの動きを見て動く自分。
そんな俺って、いったい何なのだろう?
俺の背負うものは、たった一つ。
期待という名の大きな錘。
そんなことに気づいたのは、そう、つい最近の事だった。
「ふぅ」
仕事が一段落し、長机の前に座っていた中西誠(なかにし まこと)は、ぐっと背伸びをする。
すでに時刻は夜の七時を回った。
部活を五時で切り上げて来て、ここ、生徒会室で事務的な仕事をやっていた誠は、二時間経った今、ようやくその仕事を終わらせた。
すでに辺りは真っ暗で、この学校に残っている人間も少ない。
「お疲れ様」
そう言ってコーヒーを差し出してくれたのは百異館高校生徒会副会長、沢崎真理(さわざき まり)であった。
「お、ありがと」
真理からコーヒーを手渡され、誠は一口すする。
その隣に座って、真理も同じようにコーヒーをすする。
「会長。明日はどうするの?」
「ああ、明日か。明日は俺は部活に出るよ。一応キャプテンだしな。それに、今年生きの良いやつが入ってな。そいつをしごかないと」
誠はカップを置き、ふぅと息を吐く。
「ああ、バスケット部ね。今年はどう?」
「インターハイ、いけるかどうか厳しいラインだな。できればもう一人くらいでかいのがほしい」
誠は背がでかい。身長は185センチもあり、バスケット界ではかなり畏怖されている存在でもあった。
「ま、とりあえずやれるだけやってみるさ。悪いけど、明日は任していいか?」
「ええ、体育祭が終わったからそんなに仕事はないしね。けどあんまり変な仕事やらせないでよ。この前の不可思議現象研究同好会の承認なんて大変だったんだからね。部長が訳分からない人だったし」
「ああ、その点は悪かったよ。じゃあとりあえず、この辺で今日は終わるか」
誠はカップを手にして立ち上がる。
「ええ、そうしましょう。あ、カップは流しに置いておいて」
カップを洗おうとしていた誠を制し、真理は自分のカップを流しにおいた。
「私が洗うから」
「そうか。悪いな」
そう言うと、誠は机の書類を集め出す。
このように、毎日帰りには机の上の物を整理するので、常に生徒会室は整然としていた。
「じゃあ、閉めるぞ。早く出ろ」
「ええ、ちょっと待って」
鞄を手に取り、真理が部屋から出ると、誠は鍵を閉める。
「じゃ、明日は任せた」
「ええ、部活頑張ってね」
次の日、誠は体育館にいた。
「おい、的場。少しシュートの時の腕が上がってるぞ。しっかりと固定しろ。それに、切り返しが遅い。もっと速くしないと追いつかれる」
「はいっ!」
目の前で汗だくになりながら走る今年の新人であり、期待の的場洋平(まとば ようへい)。
誠は洋平をしごき倒していた。
とはいっても、それほど過酷な練習をさせているわけではなく、マンツーマンで相手をしてやっているだけなのだ。
「ほら、どうした? これが突破できないと試合じゃ何にもできないぞ」
「っ!」
体格は明らかに誠の方がでかい。洋平は目の前の壁と悪戦苦闘している。
誠は、体育館の入り口に立っている一人の人物を見た。
あれは、確か書記の浦田慎二か。何してるんだ?
慎二の見ている方向を確認すると、それは目の前の洋平だった。
なるほど、そういやこいつ、どこかのバンドのボーカルしてたって噂があったよな。ははーん、浦田のやつ、軽音のメンバーに加えようとしてるのか。
こういうとき、誠は少し意地悪がしたくなるたちだ。
ここぞとばかりに洋平にきついプレッシャーをかける。
「ほら、どうした! 少ししかスピードアップしてないぞ! ちゃんとついてこい!」
「は、はい!」
洋平は必至扱いて誠について行く。慎二はいつ、どこで声をかけたらいいか分からぬままボーっとしている。
うちの期待のエースなんだ、もうちょっとしてから捕まえてくれ。
心の中でそう慎二に告げ、誠は練習に集中した。
練習が終わり、一服していたときだった。
「中西君」
「はい?」
後ろから不意に声をかけられ振り返ると、教頭先生が立っていた。
「ちょっといいかな? 君にお客様が来ているんだ」
「はぁ」
言われるがまま、誠は彼について行くと校長室に招かれた。
中には校長と、見知らぬ男が来客用の革張りのソファーに座っていた。
「やぁ、中西君。突然呼び出してすまない。とりあえずそこに座りたまえ」
「はい」
革製のソファーに腰を下ろし、校長と対峙する。
その校長の隣には、見知らぬ男。
「中西君、初めまして。私は大東大学の秋坂という。ヨロシク」
「ええ、よろしくお願いします」
手を差し出されたので、誠は握手をする。ぶよっとした脂肪の感触がした。
大東大学。
明治にできた日本でもっともレベルの高い大学だと言われている。
国立で、大東大学と言えばそれだけで日本一頭が良いと言われるほどだ。
「実は、君に私の研究を手伝ってほしくてね。いや、この前の論文、読ませてもらったんだよ。本当に高校生の書いたものかと仰天した。もし良ければ高校卒業後、うちに推薦で入ってもらっても構わない。君に感動したんだ」
熱弁をふるう秋坂に、冷ややかな目線を送る誠。しかし、そんな視線に秋坂は気づくこともない。
「高校生なのに、このような広い展望で物事を考えられるのは本当にすごいことなんだよ。この才能があれば絶対私の研究は素晴らしい物になると思う。ああ、もちろん君の手柄にもなるよ。それに、この研究を完成させれば一気に名が売れる。富と名誉、その両方が手に入るんだ。その歳でね。どうだい? 君に才能を買ってこう言っているんだ。少しは考えてくれないかな?」
誠は苛立っていた。
才能才能って、こいつ。俺の何処を見ているんだよ!
校長も教頭も、ニコニコとしながら誠を見ている。
しかし、誠はその裏に隠された腹黒い思惑にも気づいていた。
俺が有名になれば、この学校だってさらに有名になる。
そのくらい、誰が考えても明らかだった。
それに、秋坂だって裏に黒い思惑があることにも誠は気づいていた。
きっと、俺を利用して名を売るつもりなんだ。
こういうことは何度もあった。
小さい頃から何度も。
誠はそのたびに、そんな人の腹黒い面を見てきた。
自分を見ず、彼らは自分の才能だけを見る。
苦痛意外なんでもなかった。
自分という存在は、薄っぺらい物で、あるのは才能だけ。
誰も、自分を見ない。見ようとしない。
別に誠は人間不審な訳じゃない。
ただ、その期待に反したときが恐いだけ。
すべてを失いそうな気がする。自分の中で、見てくれていた部分を失いそうな気がする。
だから、誠は何も言わない。
現に、今ここでさっき思ったことを言ってもよかった。すべてをぶちまけてもよかった。
でも、恐かった。できなかった。
「とりあえず、考えておいてよ。じゃあ、また来るね」
そう言うと、秋坂は立ち上がる。校長に会釈をして、部屋から出て行く。
校長と教頭はニヘラと笑い中西にさっきの話を呑むように勧める。
誠はとりあえず考えておきますとだけ答え、部屋から出て行った。
無駄にため息ばかり出る。
話を終えて、着替えて外に出ると、すでに辺りは真っ暗だった。
時刻は8時を回っている。ったく、あの禿げコンビ(校長&教頭)め! と、誠は心の中で毒づく。
とりあえず、早いところ帰らないと。明後日の全国模試の為、誠は最後の仕上げに入らなくてはならなかった。
校門に向かって歩き出す。すると、校門に人影が見えた。
「ん?」
街灯に照らされて浮かび上がった顔は、誠のよく見慣れた顔だった。
「沢崎」
「あ、会長」
真理は誠の姿を見つけると、駆け寄ってきた。
「お疲れ様。大変だったね」
「ああ、そうだな。で、沢崎は何してるんだ? こんな時間まで残って」
「え、あ、まぁ。ちょっとね」
真理は少し慌てたようにごまかす。誠は言及しようと思ったが、まぁいいか、と口をつぐんだ。
「そうか。で、帰るんだろ?」
「ええ。一緒に帰りましょう」
「ああ、そうだな」
真理が歩き出し、誠は隣に並ぶ。
二人は校門を出た。
身長185センチもある誠に、女子ながらも身長が170センチある真理が並んで歩く光景は端から見れば圧巻であった。
暗い住宅街を歩いていく二人。残念ながら、二人の間には会話はない。
真理は必死に何か話をしようとしていた。
誠と一緒に帰る為に真理はこの時間まで校門で待っていたのだ。なのにただ帰るだけじゃ全然意味がない。
しかし、真理は何を話せばいいのか分からない。
よくよく思うと、真理と誠の接点は生徒会の会長と副会長ということだけであって、それ以外では単なるクラスメートなだけだった。
クラスメートならばいろいろと話題が出てくるだろうが、彼にはタブーが多すぎた。
まず授業の話。それはできない。その話題を誠は異常なほど嫌うのだ。
それは教師がクラスのみんなと彼を比べるからだ。
答えられなかった生徒がいると必ず誠に振られる。それを完璧に答える誠は少々クラスの中で疎まれる存在でもあった。
まぁ、それでも彼は人望もあり、ルックスもよいので嫌われることはないがたまにそのことで嫌みを言うやつもいるのである。
なので、授業の話はできない。
次に、真理は恋愛などの話を考えた。しかし、それも一瞬で却下された。
誠は浮いた話が一つもない。
実際、彼はものすごくもてる。異常なほどもてる。
しかし、告白は全然されないのだ。
入学当初。彼は先輩から同級生まで、挙げ句の果てのには隣の学校の女子からも告白されるほど人気があった。
もちろん、彼はすべて蹴っていたが、それでもその勢いは1年の間は衰えることがなかった。
だが、2年になって会長に就任し、その勢いは急速に衰えることになる。
まず、最初の理由が真理のにらみだった。
2年になって、すでに学園の女子を統括するほどの権力(?)を手に入れていた真理は、会長になった彼を気遣って無駄な告白は止めろと皆に伝えたのだ。
ただし、それは所詮勧告、呼びかけに過ぎず、告白が根絶やしにされるほどの威力は持っていなかった。
そこで、第2の理由である。
そう、それは校長が原因であった。
すでにその頃から学園中の期待を背負っていた誠に寄りつく虫、つまり校長から見れば彼女らは邪魔な存在でしかなかったのだ。
告白した生徒が停学になった。
その理由は告白後、誠の成績が少し落ちたからだ。
たったそれだけの理由。
もちろんそんなことがあったら反発が起こる。
だけど、反発は全く起きなかった。
それは誠の態度からだった。
そんなことが起きても、彼は顔色一つ変えずいつものように振る舞っていたのだ。
つまり、彼はそのことについては何とも思っていない。
周りの人々はそう解釈した。
さらにその時期に上手く重なるように誠のとある論文が一気に有名になった。
誠はそんなことに構っている暇はない。
みんなはそう思い、誰もが納得した。
彼は振った女に構っている暇はなく、やらねばならないことがあるのだと。
結果を残している分、そのことはものすごく印象に残り、人々を納得させてしまったのだ。
真理は他の話題を探す。しかし、誠の隣。彼女はいつも以上に緊張していた。
真理は誠が好きだった。
2年の頃から気になりだし、思い切って生徒会副会長になった。
残念ながら、その後大きな進展があったわけではない。普通に会長と副会長の関係である。
気の強い彼女は、告白などという行動ができないでいた。
彼女もちろん今でも一途に誠を想っている。
しかし、想いと行動が比例しないのだ。いや、それどころか反比例している様である。
真理は大きくため息をつく。
ワオーンと、遠くで犬かオオカミか分からない動物の鳴き声が聞こえた。
真理が必死で何か話そうとしていたことに、誠は気づいていた。
残念ながら最後まで真理は何も話せず、誠も何も話さず二人は別れた。
誠は少し、何か話しかけてあげたらよかったかなと思い、いやでもそれでは真理のプライドを傷つけてしまうなと考え直す。
一応、ここ1年の間、彼女のことは結構分かってきている。
なんていうか気が強く、プライドが高い。それいて気配りがしっかりでき、配慮も怠らない。何より仕事が速い。
何事もハッキリ言うのも真理の特徴だ。
それに、真理は誠のことを特別視しなかった。誠に意見を言う者は彼女くらいである。
そんなところが、誠は嬉しかった。
少しばかり頬をゆるませ、家路を急ぐ。
家の前まで来る。珍しく家には明かりがついていた。
彼の両親は共働きである。故にこの時間帯で誰かいるのは珍しいことであった。
誠はドアを開け「ただいま」と言って中に入る。玄関に見知らぬ靴が2足あった。
リビングに行くとこれまた見知らぬ男が二人。両親と机を挟んで会話していた。
両親は誠を見るやいなやすぐによってきて、彼を椅子に座らせた。2人ともニコニコしていた。
目の前の男は誠に一礼し、名刺を差し出す。帝央大学の者だった。
誠は大きくため息をつく。
実は、誠が誘いを受けていた大学は一つだけでなかったのだ。帝央大学もその一つだった。
帝央大学は大東大学と肩を並べるほどの名門校である。
なるほど、だから大東大学は自分を勧誘しに来たのか。
誠は心の中で納得した。
大東大学と帝央大学はライバル関係だ。きっと誠がどちらかの大学に進めばその大学は一気に日本1の大学となるだろう。
だからこそ、2つの大学は誠を得ようと必死になっているのだ。
男2人は誠が自分たちの大学にどれだけ必要か、誠に参加してほしい研究がどれだけ素晴らしいかを、誠を褒めちぎりながら延々と話し続ける。
今日二度目のことなので、誠はかなりうんざりしていた。両親はそんな様子をニコニコしながら見ている。
両親は気づかないのか。この男2人は誠を見ずに、彼の才能のみを見ている。能力だけを見ている。
誠はそんな親にも苛立ちながら、「考えておきます」と言い2人を帰した。
話から解放され、やっと着替えられると思った誠だが、残念ながら今度は両親に捕まった。
何処の大学に進む気なのか? 本当にお前は誇り高い息子だ。近所の方々もすごいと言っていた。
その話も、すべて誠の能力を褒め称えていた。誠の持つ能力を。
誠は軽く話を聞き、風呂に入った。
熱い湯船に肩までつかる。
しかし、全然心地よくなかった。全く気持ちよくなかった。
そのお湯が、自分という人間を能力というものだけ残して溶かしてしまう気がした。
とろとろに溶ける自分。周りの人はその中身を奪い合うように群がる。
誰も、溶ける自分に目を向けない。ただ中身だけを見つめる。
その目は、すべて欲望に満ちていた。欲の塊だった。
誠は湯船に顔を沈める。ぶくぶくと息を吐き出す。苦しくなり、顔を上げる。また水につける。
溶ける。自分が溶ける。どろどろに溶ける。そして、消える。全部。いや、能力だけを残して――
憂鬱な気持ちで学校に真理は来ていた。昨日の失態をいつまでも悔やんでいたのだ。
とりあえず、いつまでもこうしていてはいけない。今日は頑張らないと。
しかし誠はどうしたのだろうか。
真理は気づいていた。誠がどことなく最近おかしいことに。
彼が万能なのは周知の事実だ。もちろん真理だってそう認識している。
でも、周りの反応とは対照的に彼はどことなく寂しげだった。
真理はそんな彼が抱えているものを知りたかった。
でも、今はまだそんなことできない。とりあえず、彼の傍にいることしか。
誠はぼんやりと教室の窓から空を見ていた。
今日の朝も、帝央大学からの誘いの電話が来た。学校に来ると校長が東京大学のパンフレットを渡してくれた。もううんざりだった。
とりあえず、どうかしないとな。
このままじゃ流されたままになってしまう。それだけは回避しなければならなかった。
目の前の問題は自分で解決しないと。それは誠のポリシーでもあった。
流されてしまったら、自分が自分でなくなる気がした。
自分の存在する理由が無くなる気がした。
何の為に自分は存在するのか。
誠は分からないでいた。
能力しか求められない自分は、何の為にこうして生きているのか。
別に、いなくたっていいんじゃないのか。
自分が自分である為の理由が見あたらない。周りも、それを示してくれない。
別に、能力なんて自分以外にも求められる。この世には自分以上の天才だっているはずなのだ。
だから、誠はもがいていた。分からないでいた。
自分の存在。そして理由。
何の為に在り。何が自分であるのか。
いくら考えても見つからなかった。思考はただからからと無限ループを繰り返す。
結論は見えず、深みにはまっていく。
ただ、恐かった。
自分が自分でないような気がして、誠は恐かった。
能力が無くなった自分を想像して、怯えた。
それこそ、自分は何の為に在るのかが分からない。いや、その時は何の為に在るのではない。ただ在るだけ。
机に突っ伏し、誠は深い眠りに落ちた。
真理はぼんやりと空を眺める誠を見ていた。
絶対にどこかおかしい。
彼の顔はかなり冴えず、何か悩んでいる顔だった。
嫌な予感が真理の脳裏をよぎる。
胸のざわつきが収まらない。
こういう類のものは必ず的中する。真理は経験から知っている。
人間はごく稀に、第六感が働くときがあるという。
ざわついたこの感覚。
黒く、嫌な予感が真理の心の中でしこりを作る。
その日、誠は1日中授業に身が入らなかった。
いつも真面目に授業を聞いている誠が上の空、な感じだったので教師達は少し心配したが、まぁ大学のことについて考えているのだろうと結論づけてしまった。
放課後。
生徒会室には4人の人物がいた。
生徒会長の誠。副会長の真理。書記の浦田慎二。そして顧問の美濃佐久間(みの さくま)だった。
黙々と3人が仕事をこなし、その書き終えた書類などを美濃がチェックしていた。
「おい、会長殿」
「はい、何でしょうか? 先生」
美濃に呼ばれ、誠は顔を上げずに答える。
「また書き間違えがあったぞ。これで今日何度目なんだよ。ちょっとしっかりしろ」
「すいません。気をつけます」
そう言う誠の声には、いつもの切れはなく、少しばかり沈んでいた。
――おかしい――
真理の憶測は確信へと変わりつつあった。
今日の誠、いや最近の誠は絶対どこかおかしい。何かいつもと違う。
ちらちらと誠を伺う。いつものように振る舞っているつもりだろうが、少しばかり顔が意気消沈しているのが分かる。
「ったく。今日は一体どうしたんだ、会長。もっとしっかりやれよ。お前はこんなミスするようなやつじゃないだろ? しかも、あの天下の大東大学から勧誘だってうけてるんだ。こんなミス、恥ずかしくてできないって」
美濃はべらべらと喋る。
真理は美濃を睨みつけるが、美濃の話す勢いは衰えない。
「まぁ、疲れているかどうか分からないが、しっかりやれよ天才会長」
そう言った瞬間だった。
誠はがたりと席を立ち、生徒会室を飛び出した。
それと同時に、真理も誠を追って席を立った。
生徒会室には、美濃と慎二の二人が取り残された。
「……、なぁ、浦田。俺、何かまずいこと言ったか?」
「うーん。言ったんじゃないでしょうかね〜」
「……仕事やるか?」
「そうっすね」
二人は黙々と仕事を再開した。空気は重かった。
気がつけば屋上にいた。
4階建ての校舎の屋上。風がびゅうと吹き抜ける。
誠はその端に立っていた。下にはコンクリート。
――このまま、頭から落ちれば死ねるよな――
誠の脳裏にそんな言葉がふと浮かぶ。
自分の存在する理由が分からない。
何の為に存在するのか。それが分からない。
何も分からない。ただ、こうして周りに能力を求められるだけの生活は嫌だった。
それなら、いっそ死んだ方が良い。生きる意味もないのに生きるだなんて、全くの無意味で、非生産的だ。
死のう。
誠は一歩前に出る。
別に死んだって構いやしない。
もう一歩前に出る。
何にも意味はないんだから。
屋上の端に立つ。
このまま、身を投げればすべてが終わる。
身体が傾き、落ちる――
「待ちなさい!」
誠の身体が止まる。
彼はゆっくりと振り返った。
夕日があまりにも眩しくて、誠は目を細める。
真っ赤な風日をバックに、真理が立っていた。
肩で息をして、いかにも必死で追ってきました、って感じである。
誠はあっけにとられていた。
彼女はつかつかと誠に近寄り、乱暴に引き寄せ屋上の地面に誠を転がり倒す。
床に転がる誠の上にのり、ガッチリと誠を固定する。
「何で死のうとしたのよ」
真っ直ぐに、誠の瞳をとらえて真理は問う。誠は何も言わない。
「何で死のうとしたのよっ!」
さっきよりはるかに大きな声で、真理は怒鳴る。
「……意味がないから」
真理は黙って聞く。
「生きる意味がないから。何の為に存在しているか分からないからだ」
誠も、真っ直ぐに真理の瞳を見つめ返す。
そうして、二人は見つめ合ったまま何も話さない。
ただ、時間が過ぎる。
10秒だったのかもしれない。1分だったかもしれない。30分だったのかもしれない。
真理が口を開いた。
「生きる意味がないって?」
「そのままの意味だ。俺は生きる意味がない。分からないし、見つからない」
求められるのは能力だけ。誰の為に、何の為に求められるのか。すべて分かってしまったから。裏のすべてを知ってしまったから。
真理は悟る。
彼は飢えている。理由を。自分が在る為の理由を。
彼の生きる理由に、自分がなりたい。
真理の心の中から、そんな願望がわいて出てくる。
それを果たす為には、自らの口から誠に宣言しなくては行けない。
自分は、誠を救う。誠を救い出すのだ。
泥沼にはまり、抜け出すことのできない誠を助けるのだ。
すぅと息を吸い、真理は高らかに言い放った。
「生きる意味が見いだせないなら、私と付き合って私のために生きなさい!」
誠は固まった。
「ふぅ」
仕事が一段落し、誠は大きく背伸びをする。
「お疲れ様」
そう言って、いつものようにコーヒーを差し出す真理。真理はそのまま誠の正面に座った。
誠はコーヒーをすすりながら、少し前のことを思い出す。
あの情景を頭に浮かべ、くくくと笑みをこぼす。
「何? どうかした?」
怪訝そうな表情で真理は誠の顔をのぞき込む。
「いや、前のことを少し思い出してな」
「え?」
前のことと言われ、真理はどのことか考える。
「ま、気にするな。さ、ちゃっちゃと帰ろうか。真理」
「ちょ、ちょっと。何を思いだし笑いしてたのよ!」
立ち上がり鞄を持った誠の腕を捕まえ、真理は拗ねたように頬をふくらませる。
「ん。あれだ。お前に衝撃的な告白を受けたときのことさ」
その瞬間、真理の顔は真っ赤になり、思いっ切り誠の顔を殴り飛ばした。
「バカッ!」
その後、痛む頬をなでながら誠が真理に平謝りをしたのは言うまでもない。
たとえ、どんな難題な悩みにも解決策はある。
生きる意味を見いだした彼と、生きる意味を与えた彼女。
今彼は、『My Existence』を手にしたのだった。
自分の、存在を――
【Index】